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漁獲量が激減! 大阪湾のアナゴの隆盛はどこに?~ウナギと比べられてきた魚の過去・未来(前篇)

漆原 次郎(フリーランス記者)  2017年10月24日

当地では、獲れたアナゴを天ぷらに揚げて、ネギをたっぷりかけて食べた。また、小藤政子著『大阪の漁業と暮らし』(近畿民俗叢書刊行会)によると、売り物にできない小さなアナゴが獲れた日は、漁師たちが開きにしてタレを付けて焼き、干瓢や高野豆腐を加えて巻き寿司にして食べたという。

江戸時代、泉州の岸和田藩に地先漁業権の代償「浦役銀」を収めていた9漁村の中に「岡田浦」と「樽井浦」があった。この2つは現在も泉南(せんなん)市内の漁港として存在している。これらの浦にとって、アナゴは大きな収入源となっていたようだ。大阪府の資料によると、江戸時代、岡田と樽井には計77艇ものアナゴ漁船が記録されていたという。

また、山本六合夫著『古絵図が語る泉南』では、明治期から昭和期なかばまで、一年中、延縄(はえなわ)漁でアナゴが獲ることができ、とくに夏場にはアナゴがよく獲れたと漁師が証言している。その後も、この漁は漁師たちにとって収入の中心でありつづけた。

大阪湾におけるアナゴ漁の最盛期は、じつはその後やってくる。鍋島靖信著「大阪湾の漁業日誌からみる漁業と環境の変化」(日本水産学会漁業懇話会報 (62)、11-14)によると、1980(昭和55)年、大阪湾でのアナゴ漁に「篭網」(かごあみ)が導入された。餌をしかけた篭網を海底に置いて、アナゴをおびきよせる漁法だ。さまざまな魚種を獲る延縄漁などと違い、篭網漁ではアナゴに適した餌をしかけるので効率的にアナゴを獲れる。1996(平成8)年には、大阪府のアナゴ漁獲量は、過去最高の743トンに達した(漁業・養殖業生産統計年報)。

 中でも、岡田浦や樽井浦のある泉南市のアナゴ漁獲量は近年、毎年のように府内1位を記録していた。

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ところが、2000年台なかばからアナゴの漁獲量は激減していく。泉南市のアナゴ漁獲量は、2004年に140トンだったのが、2014年には14トンと、約9割減にまでなってしまった(泉南市統計書)。背景には乱獲、さらに海水の上昇などが指摘されている。全国的にも、アナゴ漁獲量は減少傾向にある中で、大阪湾も例外ではなかったともいえる。

アナゴ漁で活気のあった時代を取り戻すことはできないのか。暗い影が落ちる中で、岡田浦で漁を営む人たちは「泉南のアナゴ」を復活させるためのプロジェクトを、市と連携して立ち上げた。現代の方法を取り入れつつ、アナゴで地方創生を果たそうとしているのだ。

後篇へ続く

執筆者プロフィール

漆原 次郎(フリーランス記者) 

1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。
著書に『日産 驚異の会議』(東洋経済新報社)、『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』(洋泉社)、『模倣品対策の新時代』(発明協会)など。

<記事提供:食の研究所
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