経営者インタビュー

い志井・石井宏治社長~“のれん”が「日本再生酒場」を生み、“三方よし”の精神が多業態を育てた

2018年07月03日

当時、私が作った店は広さも父の店と比べて倍以上あり、店にはアメリカの旗を立て、床はコルク、ステンレスのパイプイスという、自分が思う最高にかっこいい店でした。ですから“女性が気軽に入れるお店”をコンセプトにした「やきとり&ウイスキー い志井」は、すぐに繁盛するだろうと高をくくっていました。

【Q】実際の評判はいかがでしたか?

それがまったくお客さんが入らなかったんですよ。全然お客さんが入らなくてぼーっとしていると、夜8時くらいにと父が自転車で店にふらりとやってきて、僕の店の冷蔵庫から売れていないモツを自分の店に持っていくんです。それを父が全部売ってしまって、「明日また新しいのを仕入れろ」と売り上げを僕にくれるんです。あれは屈辱でしたね。

当時は、のれんなんてかっこ悪いと思っていましたから、当然店にのれんはありませんでした。しかしある方に確実に売れる方法は、い志井の「のれん」をかけることだよと教えてられて。

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店の信用がつまった「のれん」

さすがにその時はきちんと父に頭を下げにいって「のれんをかけさせてください」と言いました。そしたら、すでに親父はちゃんと店の入口のサイズを測っていて、もう店に合うのれんが用意されていたのです。

そしてのれんを掲げると、1ヶ月もしないうちにお客さんが入るわけですよ。のれんってそういうことかと。まさに信用ですよね。それまで、月平均150万円ほどだった売り上げが、3ヶ月後には600万円、1年もしないうちに800万円にまで伸びました。

お客さんからも、「なんだよ、一緒の店だったの?」とかいわれて。いくら自分がいい店だと思っているものでもお客さんがいいと思わないと、人って入らないんだなと、謙虚にならなければいけないなと改めて感じました。

モツの新たな仕入先が、FC化を後押し

【Q】その後、もつ焼き以外の業態も展開されています

30歳の頃には、のれん分けを含めて5店舗ほどモツ焼き屋を展開していました。本当はもっと店を増やしたかったのですが、実はそれ以上モツ焼き屋が増やせない理由がありました。材料であるモツの仕入れの限界です。

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目立つ外観の洋食業態「クリスマス亭」

一般的に繁盛しているもつ焼き屋では、一晩で豚3、4頭分のモツを使います。うちが仕入れていた東京・芝浦の業者さんからは1日に仕入れできる量が決まっていて、うちは5店舗分の仕入れで精一杯でした。

もっと言えば業者さんも仕入れできる量が決まっているわけです。ですから、別の業態を増やすしかありませんでした。そこでカフェバーや、ディスコ、バー、洋食屋なども出店しました。

【Q】それでも、モツを扱う業態を数多く出せるのはなぜでしょう?

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丁寧な下処理が、い志井のモツの味を支えている

お客さんの紹介で、群馬県にある食肉センターの理事長と知り合いました。その出会いをキッカケに、新しい仕入れができる様になったのです。

私はたくさんの仕入先から分けて仕入れるより、まとめてその群馬の食肉センターから仕入れたいと思ったのですが、そこのセンター長に『石井さんの店からの仕入れなくなったら、これまで取引していた芝浦の業者さんは潰れてしまう。自分だけ良くなろうという商売は絶対にいけない、業者さんもうちも、そしてお客さんも3方良くなるように商売しないと絶対にうまくいかないよ』と叱られました。


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