経営者インタビュー

「和食居酒屋えん」「おぼんdeごはん」の仕掛け人、和食にこだわる理由~BYO・楊文慶社長

2018年05月01日

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楊文慶(ヨウブンケイ)…1967年、埼玉県生まれ。大学卒業後、台湾留学を経て西武百貨店へ入社。退社後、和食居酒屋の先駆けとなった「和食・酒 えん」をはじめ、カフェスタイルの定食屋「おぼんdeごはん」など和食をベースとした16業態121店舗を展開中(2018年4月現在)。

創業以来、だしからこだわる和食を軸に、自在な業態を繰り広げている株式会社ビー・ワイ・オー。居酒屋からはじまり、和のファストフードと位置づけるお茶漬けの専門店「だし茶漬け えん」、駅ビルを中心に展開するカフェスタイルの「おぼんdeごはん」など、身近な家庭の味を新しい形に変えて世の中に送り出してきた。常に時流を読み、次の一手を打ち続けている代表取締役社長 楊文慶氏が和食に込める思いとは、一体どのようなものだろうか。

バブル崩壊後の世の中に、大人の行ける居酒屋を

【Q】和食居酒屋「えん」1号店のオープンが1996年、どのような経緯でしたか?

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株式会社ビー・ワイ・オー 楊文慶社長

29歳の時ですね。その頃、所沢でカラオケルームと屋台村を運営していました。売上も順調だったのですが、次は新しい和食店をやろうと考え、都内で3年くらいかけて物件を探しました。

ちょうどバブル経済が崩壊した頃で、実績がなくても東京・池袋の駅前に新築ビルを借りることができたんです。腕のいい料理人にも恵まれて、低価格が売りの居酒屋からは卒業した大人のための、上質な居酒屋として出したのが、現在の「和食・酒えん」のはじまりです。

その後バブルがはじけ、世の中の景気は次第に悪くなりつつあっても、会社員の所得はまだ下がっていませんでした。和食店と居酒屋のちょうど中間くらいの店ということで、ちょっと背伸びをしたい層と、経費削減により接待で会席料理店が使えなくなった層の需要が重なって、「えん」は大ヒットしました。

当時、100坪を越える規模で「本格的な料理を出す居酒屋」という業態はなく、和食居酒屋という言葉自体もなかったんです。そのはしりですから、敵なしの状態でした。

【Q】確か、その頃に「和食居酒屋」が乱立したイメージがあります

池袋の次に、渋谷一等地の140坪ほどの場所でやらないかと声がかかりました。ただ、ここで「和食居酒屋」という業態そのものが話題になってしまい、このスタイルは売れるぞとみんなに気づかれちゃった(笑)。


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