経営者インタビュー

ラーメン屋「町田商店」を育てあげ、株式上場を狙う~株式会社ギフト・田川翔社長

2017年11月28日

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田川 翔(タガワショウ)…1982年、千葉県生まれ。ラーメンに魅せられ横浜のラーメン店で修業を開始。6年の修業期間を経て、2008年に個人事業として「町田商店」(現:株式会社ギフト)を開業。以降、町田商店を中心に店舗展開を図る。2017年10月現在、直営44店舗を展開している(2017年10月時点)

ラーメン業界に彗星の如く登場し、急成長を遂げている株式会社ギフト。2008年に「横浜家系ラーメン 町田商店」をオープンし、「横浜家系ラーメン」「九州釜焚きとんこつばってんラーメン」「九州釜焚きとんこつがっとん」「四天王」など出店数を伸ばし、わずか10年足らずで直営44店舗(2017年10月時点)、約400店舗のプロデュースを手がける企業となっている。事業拡大の秘訣について、代表取締役の田川翔氏に話をうかがった。

【Q】この業界に入ったきっかけを教えてください

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株式会社ギフト 田川翔社長

学生時代から起業願望が強くて、その時代に思いつく仕事と言ったら、飲食業ぐらいだったんです。ラーメンは幼少期から大好きで「美味しいラーメンさえ作れれば繁盛店になる」と思ったのがきっかけです。単純でしょ(笑)

それで、いろんなラーメンを食べ歩いた結果、「この味を出せられたら成功するな」と思えたお店が地元(横浜)で繁盛していたラーメン屋でした。そこで6年間修業して、独立して町田商店の一号店を作りました。

【Q】オープン当初のお店の様子は?

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ラーメンの職人として自分の味には自信があったので、オープンしたらすぐに大行列…と思っていたのですが、現実は全然違いました。店の運営にしても、スープにこだわりが強すぎて、自分の納得できない味の日はお店を開けないことすらありました。半年足らずで資金が底をつき、スタッフに払う給料もなくなりかけました。

そこからです。いち経営者として「お客さんから見て意味のないこだわりは捨てよう」という発想が生まれたのは。製法にこだわりすぎるより、毎日安定した美味しいラーメンを提供しようと。また店の売上や数字も気にするようになりました。一号店がやっと軌道に乗ったのはオープンから一年過ぎたあたりですかね。

【Q】最初から多店舗経営を意識していましたか?

意識はありましたが、今ほど拡大するとは思いませんでした。店舗が増えると仲間も増えるんですよ。5店舗くらい出した頃の話ですが、仲間のひとりが「店長をやりたい!」と言うんです。上昇志向は嬉しいのでお店を任してしばらくしたら、そこの部下たちも「店長をやりたい!」と言ってきました。



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