企業インタビュー
2017年09月13日
前川弘美(マエカワヒロミ)…1962年東京上野生まれ。長岡商事(株)を営む会長を父に持つ。2006年に家業の会社に入社し、店舗経営の経験を積み重ね、2017年に代表取締役社長に就任。
地域活性化を目的としたグルメイベント『食べないと飲まナイト』(通称:食べ飲ま)の発起人が、現在の長岡商事(株)の代表取締役を務める前川弘美氏だ。長岡商事は、上野を中心に4業態の飲食店をドミナント経営で運営している。その中の「下町バルながおか屋」は、下町名物として大ヒットしたラムチョップを開発している。今回はこれまで前川社長が歩まれてきたご経歴と、上野にバル文化を根づかせた経営手法についてお話をうかがった。
【Q】この仕事に就かれたきっかけを教えてください
長岡商事株式会社 前川弘美社長
長岡商事は、もともと私の父が興した会社で、上野で50年続いている飲食の企業です。父は頑固者で、怒りだすと止まりらない性格でした。私もいつも怒られてばかりで、ずっと父のことが苦手でした。大学卒業後に、家業を継がず服飾デザイナーの道を選んだのも、父に反発したい気持ちもあったのだと思います。
服飾デザイナーの仕事は非常に忙しく、朝晩関係なく働き詰めの生活が続いたため、身体を壊して退職しました。その後も、雑誌の編集者として再就職をしましたが、しばらくして結婚を機に一旦家庭に入ります。
家業の手伝いを始めたのは、子どもが小学生くらいになった頃です。当時、会社の経営はあまりうまくいっておらず、社長を務めていた兄のことを助けるつもりで仕事の手伝いを始めて、2006年に正式に入社しました。
【Q】入社から3年後の2009年には、「下町バルながおか屋」の立ち上げから経験されています。どのような経緯でバルにされたのでしょうか?
これまで弊社では、いくつかの飲食店を経営していましたが、時代の変化とともに経営が安定しなくなっていました。そこで、まずは狙うべきターゲットを変更したのです。上野という土地柄、サラリーマン層の男性客をメインターゲットにしていたところを、あえて女性客をメインに狙った店へ業態から見直しました。
当時はワイン業態が出始めていましたが、店のある上野の仲町通りでは、まだワインを揃えているお店が珍しかったこともあり、親しみを込め『下町バルながおか屋』と命名して、お店をオープンしたのです。
【Q】下町バルの看板商品、ラムチョップは誰の考案だったのですか?
私です。初めてラムに出会ったのはラムチョップではなく、二十歳の誕生日祝いに、兄に連れていってもらった青山のレストランでした。メニュー名は仔羊のローストですが、ナイフとフォークで上品に食べる高級料理で、気軽に食べられるものではありませんでした。
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