愛されるお店の作り方

餃子とビールの店が街を変えた。「肉汁餃子製作所ダンダダン酒場」~株式会社NATTY SWANKY

2015年06月30日

京王線調布駅北側の商店街にある1号店

2011年1月に東京・調布で1号店をオープンした「肉汁餃子製作所ダンダダン酒場」。「餃子とビールは文化です」のメッセージを掲げ、京王線沿線を中心に15店舗(2015年6月現在)を展開するまでに成長している。「餃子とビール」という業態で、どのようにして“街から愛される店”を作り出したのか。

運営元の株式会社NATTY SWANKYで人材育成に携わる代表取締役の田中竜也氏と、店舗展開を担当する取締役社長の井石裕二氏を訪ね、その秘訣について聞いた。

背水の陣で挑んだ1号店、初月売り上げ630万円

もともと調布が地元だった二人は、20歳の頃に友人を介して知り合ったという。それから数年後にラーメン店での修業を終えた田中氏が独立して自分の店を出す際、井石氏とともに会社を立ち上げた。

「当初は、田中はラーメン屋、僕はダイニングバーと、ほぼ独立採算のようなスタイルでやっていました」(井石氏)

店舗は、東京都内の浜田山と水道橋にラーメン店「虎ジ」、調布市内にダイニングバー「スタボン」とワインバル「バル・カベソン」を展開していた。それが、今から4年ほど前に経営状態が悪化。その起死回生策として出店したのが、「ダンダダン酒場」だった。

「もし、ダンダダン酒場を外していたら、倒産はまず免れなかったでしょうね(笑)」(井石氏)

背水の陣で臨んだ新業態は、ふたりの予想を大きく上回る大成功を収める。

株式会社NATTY SWANKY
代表取締役 田中竜也さん(左)
取締役社長 井石裕二さん(右)

「商店街にある8坪ほどの小さな店だったんですが、最初の月の売り上げが630万円ほどありました。予想では300万円いけばいいだろうと思っていましたから、うれしい誤算です。オープンから2ヶ月後には、2店舗目の出店オファーの話が持ち上がりました」(田中氏)

お互いの経験を生かして打って出た起死回生策だったにせよ、なぜここまでの成功を呼び込む業態を確立できたのだろうか。そのカギを握っていたのは、井石氏がダイニングバーを担当していた頃に感じていたある疑問だった。

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