経営者インタビュー

鳥貴族 大倉忠司社長~“焼き鳥一筋”でジャスダック上場。280円均一を武器に1,000店舗に向けて前進し続ける

2015年01月06日

大倉忠司(おおくらただし)・・・1960年、大阪府生まれ。1985年近鉄俊徳道駅前に第1号「鳥貴族 俊徳店」を開業。
2005年東京に進出。2014年11月現在、382店舗を展開。

1985年、東大阪市に1号店をオープンしてから約30年。280円均一メニューを武器に着実に店舗を増やし、店舗数382店(2014年11月末現在)を数えるまでに成長した焼き鳥チェーンの「鳥貴族」。2014年には東証ジャスダックへの上場が業界内でニュースになったことも記憶に新しい。 

拡大とともに多業態へ展開する大手チェーンが多いなかで、“焼鳥屋一筋”を守り抜いてきた大倉忠司社長の経営哲学は、至ってシンプルであり、根底には社員とともに感じている鳥貴族への「愛」があるという。穏やかな表情と語り口で、「焼鳥屋では絶対に負けない」「目指すは2021年の国内1,000店舗」というその将来像についてお話いただいた。

焼鳥屋の店長に「大チェーンを作ろう」と誘われ焼鳥屋に

【Q】飲食業を目指されたのは、なぜですか?

初めて飲食業界に携わったのは、高校2年、3年のときのビアガーデンでのアルバイトでした。お客様との言葉のキャッチボールを含めて、大人の雰囲気を垣間見ることができて、とにかく楽しくて魅力的だと感じました。その時点ですでに、「将来はこういう業界で働いていけたら幸せだな」と思っていたんです。それで、高校卒業後、調理師学校へ入りました。

【Q】「鳥貴族」一号店を出店されるまでの経緯を教えていただけますか?

調理師学校を卒業してホテルで勤めていた時に、家の近所によく行く焼き鳥店があり、ある期間だけ「アルバイトをしてくれないか」と頼まれたんです。私は和食は目指していなかったんですが、これも勉強だと思いやってみたわけです。そしたら、その店長に働きぶりを認められて惚れられてしまったというか、一緒にお店をやろうと誘われまして。最後はその方の決め文句で、「俺とお前で大チェーン作ろう」ということを言われたんです。ですからその時は、店が好きというよりは、その方の夢に惚れて、ホテルを辞めてその焼き鳥店で働きだしました。

そのまま店長の片腕的な存在として約3年間、7店舗に広げるくらいまで一緒に働かせていただいたんですが、やはり自分なりのやり方、大きく言えば経営方針のようなものが出来てしまったので「もうこれやったら自分でやろう」ということで、1985年、25歳のときに鳥貴族を創業しました。

道頓堀への出店が最大のターニングポイント

【Q】チェーン展開はいつ頃からお考えでしたか?

鳥貴族の東大阪の1号店を出したときから、チェーン展開は考えていました。前の店に入るときに言われた、「一緒に大チェーンを作ろうよ」という言葉がきっかけで、経営に関する本を読んでいたのですが、そのなかでも一番感銘を受けたのが当時小売業日本一のダイエー・中内功氏のビジネスモデルでした。チェーン展開してメーカーや仕入先に対してバイイングパワーをつけて、もっと安い価格でお客様に喜んでいただける。チェーン展開をすれば日本中のお客様に何かインパクトを与えられると思っていたんですね。


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