食の研究所
佐藤 成美(サイエンスライター) 2016年05月19日
これは世界保健機構(WHO)が推奨する1日あたり5グラム未満よりも多い。だが、和食は醤油やみそなどの調味料を使うため、基本的に塩分が多い。高血圧や腎臓疾患のある人の食塩摂取量の目標値が3~6グラムであるから、1日5グラムの食塩では、和食になれた健常人にとっては、ほとんど味のない生活になり、耐えられない人もいるだろう。
食塩の摂取量はどこまで減らすべきなのだろうか。こんなに食塩摂取目安量が少なくなると、「食塩ゼロが理想的な食生活」という誤解を生んでしまうかもしれない。
だが、生命を維持するために食塩は不可欠だ。1日に1グラムほどの食塩は最低限必要だと考えられている。古代、食塩が貴重だったころの人々は動物の肉や血を食べることで塩分を補った。江戸時代には、塩不足で死者が出ることもあったらしい。
摂取した食塩(塩化ナトリウム)は、ナトリウムイオンと塩素イオンとして小腸から吸収され、ほとんどが尿中に排出される。腎臓はナトリウムの排出器官であり、調節器官でもある。
体内のナトリウムイオンは、血液などの体液量を調節する主役である。細胞内にあるカリウムイオンとのバランスで浸透圧を維持することで、体液量を調節している。また、生体内の情報伝達に関わり、神経や筋肉の働きに重要な役割を果たしている。
ナトリウムの吸収や排出は「レニン-アンギオテンシン-アルドステロン系」というホルモン系でおもに調節されている。このホルモン系は、尿の排出量を調節し、ナトリウムを再吸収することで血圧を正常に保とうとする調節機構であり、塩分の過剰摂取や不足により浸透圧が変化した場合も働く。
塩分の過剰摂取が続けば、高血圧の原因になると言われている。そもそも高血圧とは、血管内を流れている血液の圧力が高くなり続けている状態のことで、脳卒中や心筋梗塞の原因となる動脈硬化を促進する。
じつは、高血圧の95%は本態性、つまり原因がよく分かっていない。生活習慣や遺伝による体質、肥満などいろいろな要因が複雑にからみあって発症すると言われているが、その原因は解明されていない。
結局、高血圧の原因もよく分からず、「食塩を摂りすぎると高血圧になる」という常識は成り立ってきたのである。
「食塩を摂りすぎると高血圧になる」という因果関係を明確にできないのは、高血圧のなりやすさには個人差があり、食塩を摂ると血圧が上がり、減塩すると血圧が下がるという単純な仕組みだけではないからだ。
世界には食塩を使わない「塩なし民族」と言われる人々がいる。塩なし民族は、動物の肉や血液から間接的に塩分を摂取する程度だ。
そのうちアマゾンの原住民であるヤノマミインディアンの血圧を調べたところ、年齢に関係なく血圧の高い人はいなかった。一方、おなじインディアンであるが、食塩を使うようになったテレナインディアンは血圧は高かったと1992年に報告された。
佐藤 成美(さとうなるみ) サイエンスライター、明治学院大学非常勤講師(生物学)、農学博士。食品会社の研究員、大学の研究員、教員などを経て現在に至る。研究所の広報誌やサイトなどにも原稿を執筆している。著書に『「
<記事提供:食の研究所>
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