食の研究所

絶滅危機のウナギは庶民の食卓に戻るのか -ニホンウナギの完全養殖に希望の光

佐藤 成美(サイエンスライター)  2015年07月22日

ウナギの養殖池が増えると、シラスウナギの需要も増加し、シラスウナギが不足し始めた。浜名湖周辺だけではシラスウナギをまかないきれず、養殖業者は関東や四国、九州、さらには中国の青島や上海にもシラスウナギを求めた。上海でとれたシラスウナギを船で長崎まで運び、長崎から浜名湖地方までは鉄道で運んだという。

戦争中の養殖は停滞したが、戦後徐々に回復し、高度経済成長期には養殖池が拡大した。すると、1960年代には再びシラスウナギ不足になり、価格も高騰した。そのため、徳島県や鹿児島県などシラスウナギの産地では、シラスウナギをそのまま出荷するより、養殖して成魚にするほうが経済的にメリットがあると考え、水田やビニルハウスを利用して養殖を始めた。

こうして、シラスウナギの不足が引き金となり、新たなウナギの産地が誕生した。かつてウナギの生産量は、静岡県が全国の生産量の4分の3を占め、首位を独占したが、1982(昭和57)年に首位を退き、現在のトップは鹿児島県になっている。

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全国ウナギの生産量と主要生産地。国内の養殖生産量は2万トン前後を推移してきたが、
2013年は1万4200トンと大幅に減少。生産地の順位は2010年と変わらない。(参考:農林水産省統計より筆者作成)

もはやヨーロッパウナギでも足りない

戦後、再びシラスウナギが不足したとき、中国に加え、台湾や韓国からもシラスウナギを輸入するようになった。1969(昭和44)年には、ニホンウナギとは異なる種のヨーロッパウナギの輸入も始まった。1970年代には台湾や中国で、ウナギの養殖が本格的に行われるようになった。豊富な水量や広大な土地、労働賃金が安いことから、日本より低コストでウナギを生産できる。これらの国ではウナギを食べる習慣はなく、全て日本人向けだ。

この頃の日本は、高度経済成長期の真っただ中で、ウナギ消費量もますます増えた。すると、またシラスウナギが不足し、今度は中国でもヨーロッパウナギのシラスウナギを輸入し、養殖を始めた。中国や台湾で蒲焼に加工した製品も大量に輸入されるようになり、ウナギの生産は過剰気味に。価格は大きく下がり、私たちは安くウナギを食べられるようになった。ウナギが高級食から庶民の食べ物になったのも、本をただせばシラスウナギの不足に端を発するものだったのだ。

今ではヨーロッパウナギの資源も枯渇し、輸入が厳しく規制されることになった。ニホンウナギとヨーロッパウナギだけでは、もはや日本の需要を満たすことは困難だ。そこで、数年前から、マダガスカルやアメリカ、インドネシアなどから、アメリカ種やバイカラ種など異種のシラスウナギが輸入されるようになった。

環境の悪化でウナギの生息場が減少

ウナギの資源が減った原因は、乱獲の他に気候変動による海流の変化や生息環境の影響が挙げられている。先に述べたようにウナギは生態が複雑で、海や川を行き来する魚だ。生息域が広いので、環境の変化の影響を受けやすいのである。

執筆者プロフィール

佐藤 成美(サイエンスライター) 

佐藤 成美(さとうなるみ) サイエンスライター、明治学院大学非常勤講師(生物学)、農学博士。食品会社の研究員、大学の研究員、教員などを経て現在に至る。研究所の広報誌やサイトなどにも原稿を執筆している。著書に『「おいしさ」の科学』(講談社ブルーバックス)『お酒の科学』(日刊工業新聞社)など多数。

<記事提供:食の研究所
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