食の安全コラム

コストをかけずに始める HACCP的衛生管理

瀧口 洋文(SGSジャパン株式会社)  2012年08月29日

 日ごろ衛生検査に携わる中で、現場の責任者の方に衛生管理の不備についてお話しさせていただくと、「衛生管理の不足は感じているが、なかなか手間をかけられない」「ある程度のルールは決まっているが、どこまで必要なのかわからない」というご意見をお聞きします。実際、ルールが断片的(あるいはあいまい)で体系化されていないことは多く、食品業界の業務の中に占める衛生管理の比重が軽いのではないか、と疑問に思うことはよくあります。営業的な効率化が進み、マンパワーが減っている一方で、衛生管理の部分でシステム化が追い付いていないのではないでしょうか。

 そこで有効になってくるのが「HACCP」ですが、「HACCP」と聞くだけで、「うちは小さいから無理」「難しくてちょっと…」と考える方が多いと思います。確かに、HACCP の認証を取ろうとするとそれなりに時間やコストがかかります。しかし、考え方を取り入れるだけならコストは発生しません。そこで今回はHACCP的な考え方を取り入れた衛生管理について、ご紹介させていただこうと思います。

まずは経営者のコミットメントをとる

 HACCP的な衛生管理の導入にあたってまず必要なのが、経営者のコミットメントです。「コミットメント」にぴったり当てはまる日本語はないのですが、通常“確実に実施するという意志”という意味で使われます。前述でコストがかからないと言いましたが、今までやっていないことをやるということは、ある程度の労力がかかることは否定できません。 一方、導入によるメリットとしては、①食品事故のリスクの回避 ②適切な商品管理によるロスの低減 ③製品マニュアルを作成することによる品質の向上(安定)④従業員の衛生意識向上からの顧客満足度のアップなどが挙げられますが、いずれも単純に数値化できないという難点があります。そこで、衛生管理にかける労力とメリットの費用対効果を認識して実施する、という経営的判断が必要になるのです。

衛生管理に必要なマニュアルとは?

 次に必要なのがPP(前提条件プログラム)と呼ばれるマニュアル類です。今回は最低限必要なものとして、一般衛生管理マニュアル」と製品ごとの「製造マニュアル(飲食店の場合はメニューごとの調理マニュアル)」を作成します。マニュアルがすでにある場合は、もう一度不足がないか検討して、状況に応じて追加し一元管理します。ない場合は、今現在、ある程度決まっているルールを書き出します。

 一般衛生管理マニュアルの例としては、①手洗い方法 ②個人衛生の管理方法(体調管理、検便等) ③解凍方法 ④期限管理マニュアル ⑤清掃方法・頻度 ⑥導線規定 ⑦食品保管設備、作業所の温度管理 など多岐にわたります。製品マニュアルに関しては、製造(調理)にかかわる部分はすでにあると思いますが、その中に衛生管理にかかわる項目(加熱温度や時間・消費期限・ホールディングタイムなど)を追加します。

 そして、HACCP的管理の中で重要なポイントは、文書や図面にして危害を割り出しマニュアル(文書)に落とし込んだあとに、定期的に検証し、マニュアルの内容を更新するというところにあります。

 実際どのように進めればいいのかわからない、という方も多いと思いますので、HACCPの「7原則12手順」に沿ってご説明します。今回は“HACCP”そのものの導入ではないので、“衛生管理”と置き換えて考えてください。

<HACCP(的管理手法) 7原則12手順>

手順1: HACCP(衛生管理)チームを編成する
本来は外部の専門家(コンサルタント)もチームの一員となりますが、今回は社内でメンバーを決めて必要に応じて専門家に相談するという形にします。
手順2: 製品を説明・記述する(原材料、流通形態、包装)
手順3: 製品の消費(いつ、誰が、どこで、どのように)を確認する
それぞれの商品に応じて明文化し、製造(調理)マニュアルに記載します。
手順4: 製造工程一覧図(フローチャート)、作業場見取り図を作成する
手順5: 製造工程一覧図を現場で検証する
製造工程図というのは、原料の受け入れから販売(出荷)までを作業単位でフローチャート形式に単純化したものです。飲食店のように製品が多く、すべてを作成することが困難な場合、同様の工程のものは代表的なものを作成し、全体で何通りか用意します。
手順6: 危害要因を分析する <原則1>
 次に作業場の見取り図と合わせて予測できる危害を挙げていき、どのように対応可能か分析します。危害分析というと難しく感じられる方も多いかと思いますので、ここで少し説明させていただきます。

 食品危害は「生物的危害」「物理的危害」「化学的危害」の3種類に分けられます。「生物的危害」とは微生物に起因する食中毒や原料に含まれる自然毒、「物理的危害」とは異物混入(正確には怪我をするようなガラスの破片や小石のことですが、髪の毛やビニールの破片などもクレームの要因となりますので、ここでは危害に含みます)、「化学的危害」とは薬品の混入、残留農薬による中毒となります。

 事前に想定できる危害もありますが、クレームの記録から危害を抽出することも有効です。例としては、①異物混入の危害を避けるため、混入の危険のあるものを指定し制限する(工場であれば金属探知機の導入)②髪の毛の混入を避けるためネット帽、粘着ローラーの使用ルールを定める ③生の野菜からの細菌汚染の危害を避けるため、消毒剤の使用と洗浄のルールを定める。④細菌汚染による危害を避けるため加熱調理品の温度と加熱時間を規定し記録を付けるなどがあげられます。

 今回は下記の重要管理点(CCP)を設定しませんので、それぞれの危害を前提条件プログラム(マニュアル)で管理しなければいけません。ここでしっかり取り組むことでマニュアルが充実し危害を減らすことに繋がります。

手順7: 必須管理点(CCP)を設定する <原則2>
手順8: 管理基準(許容限界)を決定する <原則3>
手順9: CCP の値の測定(モニタリング)方法を決める<原則4>
手順10: 管理基準から外れた場合の是正措置を決める<原則5>
手順7-10のCCPに関する部分は省略させていただきます。
手順11: 検証の手順を決める<原則6>
手順12: 記録をつけ、文書化を行い、それを保管する方法を決める<原則7>
 衛生管理を続ける中で、記録が蓄積されます。一定期間ごと(最低でも1年単位)に確実に実施されているか、今までの管理基準で危害が網羅されているかなどについて検証を行う必要があります。初めての場合は短い期間で検証しながら手順を決定していくという方法が有効です。 マニュアルや記録簿というものは時間が経つと往々にして独り歩きし、本来の目的に沿わなくなったり必要以上に煩雑になることがあります。この検証についても記録を残し、本来の目的を見失わないようマニュアルの見直しを実施していくことが重要です。そしてこのルーチンを継続し、余裕が出てきたら専門家を交えてさらに詳細な危害分析を行います。さらに手順7から手順10を取り入れ、CCPを設定して管理をすることで、いよいよHACCPへと移行できます。

 

 最後に、皆さんは「割れ窓理論」という言葉をご存知でしょうか。割れた窓を修理せずに放置しておくと、やがてすべての窓が割られ、犯罪の増加につながる。裏を返せば小さな問題も放置せずに解決していくことで、重大な犯罪を減らすことができる、というアメリカの犯罪学者の考案した理論です。かなり壮大な理論で、現実の社会で実際に効果があるか疑問に思われるかもしれません。

 しかし、これを衛生管理に当てはめて考えると、“小さな問題点を見逃さずに改善に取り組むことで、重大な食品危害(食中毒)を防ぐことができる”ということになり、これなら何となく納得できると思います。「HACCP」の考え方は、まさにこの割れ窓の放置を防ぐための手法といえます。本コラムが衛生管理のシステム化の一助になりましたら幸いです。

執筆者プロフィール

瀧口 洋文(SGSジャパン株式会社) 

SGSジャパン株式会社  CTS-ラボ/ケミカルラボラトリー。
2006年よりSGSジャパン株式会社(スイスジュネーブに本社)において、グローバルチェーンの飲食店、ホテル、百貨店、食品工場などの衛生検査業務に従事。現在は、同社マイクロバイオラボラトリー 衛生検査チームリーダーを務める。

<SGSジャパン株式会社>
1878年に設立されたSGS(Société Générale de Surveillance)グループは、約64,000名の従業員とともに、1,250以上の事務所と試験所を世界中に擁する最大規模の検査、審査登録機関です。SGSジャパン株式会社はSGSグループの日本法人です。

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