食の研究所

武士メシに学ぶ(後篇) 秀吉が客人に振る舞ったフルコース

池田 亜希子(サイエンスライター)  2013年05月29日

 前篇では、“武士メシ”が密かなブームになっている理由を、最近のマンガや書籍、マンガを原作に作られたドラマを通して探った。

 後篇では、いくつかのレシピとその効能から、さらに武士メシの魅力に迫りたい。食文化研究家の永山久夫氏は、その著書『武士のメシ』(宝島社)で多くのレシピを紹介している。その中から日々の食卓にも載せられそうな2品を選んだ。また、テレビドラマにもなり、武士メシブームの火付け役の1つになった西村ミツル氏原作のマンガ『信長のシェフ』(梶川卓郎画、芳文社『週刊漫画TIMES』)から、戦国武将気分を味わえる一品を紹介する。

武将は味噌が大好きだった

 武将たちが天下を取ろうとしのぎを削った戦国時代。天下に手が届いたのは、豊臣秀吉と徳川家康。織田信長はあともう少しのところだった。永山氏は『武士のメシ』で、3人が強かった理由を、「豆味噌」を食べていたからではないかと指摘する。

 豆味噌は、3人の出身国である尾張や三河の日常食であった。現在、「八丁味噌」として知られる豆味噌は、大豆と塩だけで作る。普通の味噌と違って米麹や麦麹を使わないので発酵に3年かかるが、栄養豊富である。豆味噌には、ストレス軽減に働くセロトニンのもととなるトリプトファン、それにビタミンB6が多い。さらに、脳の機能を活性化させるレシチン、疲労回復や免疫機能強化につながるアルギニンなども含まれている。

 ほかの武将も味噌は大好きだったようだ。その証しに、戦国時代には「汁講(しるこう)」という“味噌汁パーティー”があった。客人はご飯を弁当箱に詰めて持参する。一方、もてなす側の主人は味噌汁を用意する。味噌汁は鍋のまま客人の集う座敷に持ち出され、みんなで賞味した。たったこれだけだが、大いに盛り上がったと伝わる。

 数ある武将の味噌汁の中から、今回は明智光秀の味噌汁を紹介する。光秀がまだ浪人の頃、妻が主人の顔を立てなくてはと自分の髪を売ってまで用意した食材で作った渾身の一品である。他家の味噌汁より豪華だったということから、イノシシの肉が入っていたことが考えられるという。汁といっても具沢山でおかずのようだ。

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数々の智恵が生み出した勝負メシ

 いまの時代、客人に振る舞う定番家庭料理といったら何になるだろうか・・・。学生時代、友だちと“弁当のおかず”を交換したことをふと思い出した。いま考えてみると、その家らしい味を知りたくてやったのだろう。戦国時代、その家らしさや武士の人間味を感じる一品といえば、味噌汁だった。光秀の味噌汁、ぜひ食してみたいものだ。

数々の智恵が生み出した勝負メシ

 受験やスポーツの試合の前、トンカツやカツオなど“勝ち”をイメージするものを食べることがある。また、自分なりの勝負メシを持っているスポーツ選手は少なくない。『あなたの知らない! リアル戦国読本』(「歴史の真相」研究会著、宝島社)によれば、勝つということから「かち栗」、敵を討つということから「打ち鮑」、喜ぶということから「長昆布」が戦国時代の勝負メシの定番だった。

 一方で、『信長のシェフ』では、出陣前の信長が、平成の時代から来た料理人「ケン」に食事を用意するように命じる際、「打ち鮑やかち栗、昆布を使った古臭い料理は許さん」と言っている。そこでケンは、鮭が故郷の川に帰ってくることから、「鮭の湯漬け」を用意した。

 湯漬けとはご飯に湯をかけ、出陣前の武将が景気づけにかき込んだ料理である。果たして、「鮭の湯漬け」は信長のお気に召したのだろうか。

 鮭は故郷の川に帰るが、川に帰ったあと鮭は“死”を迎える。そのことに、信長の指摘で気づいたケンは一瞬死を覚悟するが、信長は自分の命令に誠意で応えたケンをあっぱれと認めたのである。

 いろいろな湯漬けがあるが、ここではマンガ『信長のシェフ』でケンが戦場の兵に振る舞った「湯漬け信長風」のレシピを紹介する。この湯漬けが優れている点は、戦場に持ち込むための工夫が施されていることにある。具を飯玉の中に仕込んだのは、すぐに食べられるように配慮してのことである。また、日持ちさせるため飯玉は油で揚げてある。兵士たちはそれぞれの陣笠に飯玉を入れ、湯をかけて食した。戦場で温かくて美味しいものが食べられたとみんな大喜びだった。

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武士メシレシピ(2)ケンが戦場で兵に振る舞った「湯漬け信長風」(参考:西村ミツル作『信長のシェフ』を参考に作成)

 携帯メシは、武士たちが戦場に持ち込んだ勝負メシである。これがなくては戦ができぬ。合戦が3日を超えないときは兵がそれぞれ持参し、合戦が長引くと大名が用意した。例えば、乾飯(ほしいい)や炒米、おにぎり、焼き味噌、梅干し、兵糧丸、ずいきなどである。

 乾飯は炊いた米を水で洗って乾燥させたもの。炒米は米を炒めたもの。焼き味噌は味噌に生姜、山椒、蜂蜜などの生薬を混ぜ焼いたもの。ずいきは芋の茎を味噌で煮たもので、普段は縄として使われているが、食べる分だけ切って湯をかければ具入り味噌汁に早変わりする優れものだった。

 さらに厳しい状況になると、手袋などの革製品も食べたらしい。そんなことができたのも、現代と違って化学薬品が使われていなかったからだ。

 攻められる側の勝負メシはどうだったのか。武将たちは籠城を考えて、兵糧蔵に水、玄米、梅干し、味噌などを蓄えていた。しかし、これだけでは不安で、様々な工夫をしていたという。加藤清正は、城の土壁にかんぴょうを練り込み、畳には里芋の茎を使い、城内には120カ所も井戸を掘っていたと伝えられている。

 出陣前の験担ぎ、戦場での携帯メシ、籠城の備え・・・勝負メシはどれも武将たちを精神面で支えていたのである。

戦略的にも身体的にも機能的な戦国の豪華膳

 1588(天正16)年、中国地方を支配していた毛利輝元は、正式に臣従の礼をとるために豊臣秀吉に出仕した。すでに友好関係は築いていたものの、かつては敵対し戦を交えた間柄として、輝元はこの出仕に不安を覚えていた。それを吹き飛ばしたのが、秀吉のもてなしだった。

 『毛利輝元上洛日記』によれば、「鮭の焼物」「鮭の氷頭(ひず)なます おろし大根」「御汁 雁に松茸入り」「香の物」「くみつけいもごみ」「せんべい」などの料理が膳を彩ったようだ。鮭の氷頭なますは鮭の頭部の軟骨を刻んでなますにした酢の物のことである。軟骨は氷のように透き通っていることから氷頭と呼ばれた。

 その膳の中から、お菓子の膳として出された「いもごみ」のレシピを紹介する。材料を見ると、お菓子といえどもその効能の高さが分かる。米粉の炭水化物はエネルギー源。山芋の食物繊維が消化機能を高め、生姜が新陳代謝を高めて疲労を回復させる。きな粉にはストレス軽減に働くセロトニンのもととなるトリプトファンが含まれている。

 昆布や味噌、きな粉の旨味で十分に美味しそうだが、ちょっと砂糖を加えるとさらに美味しさを増す。モチモチとした食感で、煎餅にのせて食べても美味い。

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武士メシレシピ(3)秀吉も振る舞った「いもごみ」(参考:永山久夫著『武士のメシ』をもとに作成)

武将のキャラクターを決めていたのも食事!?

 信長の「鳴かぬなら殺してしまえ時鳥(ホトトギス)」。秀吉の「鳴かぬなら鳴かしてみせよう時鳥」。家康の「鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥」。これらは、3人のキャラクターの違いを端的に表現している。

 気難しい信長は、塩辛い料理を好んだ。信長が常に動き続ける活動家で、発汗によって失われる塩分を食事で補う必要があったからだが、性格も少なからず関わっていたのだろう。

 一方、明るい性格で知られる秀吉は、どうだったのだろうか。貧しい幼少期を送った秀吉はどじょうをよく食べていた。どじょうもまたストレス軽減に働くセロトニンのもととなるトリプトファンを多く含んでいる。秀吉はほかにも、食物繊維が豊富なごぼうや風邪の予防に効く大根を好んで食べていた。

 家康は麦飯を好んだ。麦の黒い筋の部分には、ビタミンB1やカルシウム、カリウム、鉄、亜鉛などのミネラルが多く含まれている。さらに、麦飯はよく噛まなければならない。咀嚼は、胃腸の働きを正常に保ったり、ストレスを緩和させたりする。こうした食生活が、忍耐強い性格を育んだのだろうか。

 ほかにも、血気盛んな前田利家、忠誠心が強く才気あふれた石田三成、戦国屈指の策士だった伊達政宗など、武将たちはそれぞれ魅力的なキャラクターを持っていた。こうした、武将の性格や能力にもメシが大きく関わっていたと永山氏は考えている。

 武将の人となりをメシという視点で分析する手法は、私たちの生活にも役立てられそうだ。

「食べるとは何か」を問う“武士メシもの”

 ここ1~2年、“武士メシ”をテーマにしたマンガや書籍が相次いで出版されており、それぞれ違った切り口で武士メシの魅力を紹介していることを知った。

 『信長のシェフ』は戦国時代を舞台にすることで、食べ物の戦略的な一面をスリリングに描いている。一方、前篇で紹介した『けずり武士』(湯浅ヒトシ作、双葉社「漫画アクション」)は、“生きるためのメシ”のありがたみを感じさせられる作品であった。いずれも、私たちに“食べるとは何か”を問うているようだ。

 そして『武士のメシ』は、永山氏の豊富な知識と鋭い分析によって、武士のメシが栄養豊かで実利的であることを示している。それでいて、多彩で食を楽しんでいたことを窺わせるレシピは、私たちにも「食の楽しさ」を思い出させてくれる。

 武士メシは、現代のメシにも通ずるところがあり、様々な形で取り入れることができる。だから武士メシが注目されているのだと、得心がいった。

執筆者プロフィール

池田 亜希子(サイエンスライター) 

東京工業大学大学院修了後、三菱化学(現田辺三菱製薬)の医薬品安全性部門に勤務。薬の安全性について調査、病院への啓発活動を行う。TBSラジオに転職し、「人権トゥデイ」「グッドモーニングジャパン」などの番組取材・レポートを行う。現在は、取材・執筆力と科学的な素養を生かし、サイテック・コミュニケーションズ社にてサイエンスライターとして活動している。

<記事提供:食の研究所
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